研修関係者の声

受講者の声

研修を修了された方々の「最終レポート」より、「研修受講を決めたきっかけ」や「受講後の感想」など、
受講者の声をご本人の了解をいただきご紹介します。(なお、本文中の役職等はレポート提出時のものです)

大河原 知草さん
埼玉県
目白大学外国語学部日本語・日本語教育学科 専任講師
宮崎 千里さん
東京都
さぽうと21 日本語・学習指導
2年半前から『さぽうと21』で難民の小中高校生の学習支援をしている。 初めて課外学習に付き添った時のこと。地下鉄で移動中、私はシリア人の女の子2人の間に座って楽しくおしゃべりをしていた。その時電車がゴーッという轟音をたててスピードをあげた。すると2人の顔が突然強張り、「何この音‼」と叫んで、私の腕にすがりついて来たのである。日本人の女の子と全く変わらないように見えた明るくておしゃべりな彼女たちの中に、恐怖の記憶が潜んでいることを目の当たりにし、「何でもないよ」と落ち着かせたものの、実は私自身がショックを受けていた。 それまで4年ほど、日本で働く外国人に日本語を教えていたが、その後も子どもたちから内戦下の話を聞くにつけ、以前と同じように単に日本語を教えるだけでいいのだろうか、もっと難民について知り、過去のトラウマ、家庭や学校の問題を抱えた彼らが、少しでも生きやすくなるように自分に何かできないだろうかと思ったのが、この研修を受講することにしたきっかけである。
山屋 頼子さん
東京都
足立区教育委員会、さぽうと21 日本語指導員
2年前、西東京市でロヒンギャ難民のカディザさんの講演を聞いた。カディザさんから、バングラディシュにいたころの話や日本に来てからの話を聞き、ロヒンギャ難民の実際の生活を知ることができた。また、日本に来てから様々な支援を探し、出産と子育てをしながらも夢をあきらめないで学業を続けた話を聞き、こんなにパワフルな人がいるんだと衝撃を受けた。 偶然にも隣町に住んでいるカディザさんの話を聞いて、遠い世界の人だと思っていたロヒンギャの人たちのことをとても身近に感じるようになった。 その後、「さぽうと21」がロヒンギャの子どもたちへの学習支援のボランティアを募集していると知り、すぐに参加した。ロヒンギャの子どもたちは日本生まれなので、日本語にそれほど困っていないようだが、ご両親などは苦労しているのではと思った。一方で、難民等の背景や状況などをほとんど知らなかったため、自分が役に立つことができるのかという不安もあった。「難民等」に日本語を教える上で必要な知識や心構えを得るために受講した。
加賀谷 美枝さん
東京都
学校法人 長沼スクール 非常勤講師
もともと異文化に関心があり、大学で文化人類学を専攻し、エスニシティや異文化コミュニケーションについて学んだ。当時はアラブ文化に関心があり、そこから次第にパレスチナに注意を引かれていった。私が初めて知った難民はパレスチナ難民だった。卒業後、異文化の人々に直接関わる仕事として日本語教師になった。アラブ地域で教える夢はかなわず、アメリカの大学で職を得た。そこでメンターと言える人に出会い、彼の影響でヨーロッパに関心を持つようになった。以来アメリカ-日本-イギリス-日本で大学生・留学生・社会人を中心に日本語を教えてきた。アメリカ・イギリスでは多文化社会の良さと難しさを経験した。幸い、私は周囲の環境と人に恵まれ、両国で人生のかけがえのない時間を過ごすことができた。 その後、日本で家庭を持ったが、元アメリカ人で今は日本籍の夫も、見かけは7割外国人で中身は10割日本人の息子たちも、差別を感じることなく平和に暮らしている(と思う)。 このような歩みの中でエスニシティ、特に社会の少数派のエスニシティはずっと心に引っかかっている。ここ2~3年、難民的背景の人や技能実習生の報道に接するにつれ、複雑な思いが増し、日本語教師として支援に携わりたいと思うようになった。私自身と家族が外国で温かく受け入れてもらった恩返しでもある。
村田 千津子さん
福井県
ニュースや報道で難民問題について聞かない日がないほどですが、私の周りには難民と呼ばれる人がいないため、どこか遠くの出来事のように思っていました。外国につながる子供への日本語指導を通して、難民もこの児童たちと同じなのではないかと思うようになり、難民への日本語指導に興味を持ちました。 研修を受ける前は、難民とは国を追われた可哀想な人たちだと感じていました。難民認定は難しいと思うけれど、半分くらいの人は認定され、生活支援も受け、日本で静かに暮らせているのだろうとも思いました。日本で難民申請している人は、何か日本とかかわりがある人で、日本を選んできているのだとも思いましたが、研修を受けて実際は全く違うことを学びました。
岡本 淳子さん
東京都
この研修を受講することにしたのは、文化庁の現職日本語教師研修プログラム普及事業の中で、生活者、子供、就労者、技能人材でも無い「「難民等」に対する日本語教師(初級)」の項目があり、「難民等」が別枠になっていることに興味を引かれたからだ。また、私は、さぽうと21で学習支援活動を細々と続けているが、活動の度に、私が補わなければならない事があるのではと常に感じていた。本研修は、その学習支援活動の為のインプットとなり、アウトプットの一助になると思えたため、受講することにした。 更に、近年、世の中が大きく変化し、「難民等」を生み出す背景も多様化し、日本の「難民等」に関する法律や条例も変化している。それらの背景および変化を理解した上で、「難民等」の学びを支援したいと思ったからだ。研修受講前は「難民等」について、日本は難民認定数が少ないこと、位しか知識が無かった。
G.Y.さん
東京都
都内日本語学校 非常勤日本語教師
この研修を受講した理由は、困っている方に日本語を教えたいと常日頃思っていたからです。50を過ぎて、残りの日本語教師人生を必要としているマイノリティーの方々に教えたいと考えるようになりました。そして、そのための知識を学びたいと思っていたからです。こちらの研修情報がたまたま勤務先の教師用掲示板に書き込みがあり、すぐに申し込みました。「難民」という方々のことは、新聞やニュースで見たり聞いたりする程度でした。彼らはきっと知らない国日本で日本語が話せないで困っているのだろう。私がいま勉強を始めれば何かお手伝いできるのではないかと思ったからこの研修を受講しようと思った次第です。
H.M.さん
日本語学校
私がこの講座を受講しようと考えた直接のきっかけは、ウクライナ避難民の日本語教育に携わったからだ。私が勤務していた日本語学校で、7名もの避難民の方を受け入れた。私はこれまで難民等の日本語教育は担当したことがなく、現実はやはり留学生と同じようにことは運ばなかった。日本語学校での受け入れを避難民の方も理解して入っているので、避難できたことに感謝する言葉ばかりが最初は聞かれた。しかし、なかなか学習が進まなかったり、避難が長引いたりする中、これまでのキャリアを日本では活かすこともできず、これからの生活設計に悩む人もでてきた。 そんなとき、涙する彼らを前にただ話を聞くだけで、自分にはどうすることもできなかった。そのような中で、かれらは2年間の日本語学校での学習期間を終え、卒業していった。私は何をするべきだったのか、何ができたのか、それが知りたくて、この講座を受講した。そして、彼らにできなかった何かをほかの方への支援ですることができればと考えている。